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逆引き成長バイト辞典

行定勲

No.10

人間を繊細かつリアルに
描き出す奇才

映画監督 行定勲氏

行定勲 映画監督

1968年生まれ、熊本県出身。長編第一作『ひまわり』(00年公開)が、釜山国際映画祭批評家連盟賞を受賞。以降、数々の話題作を生み出している。代表作はアカデミー賞作品賞、最優秀主演男優賞、最優秀助演男優賞、最優秀助演女優賞など賞を総なめにした映画『GO』。他にも『世界の中心で、愛をさけぶ』『北の零年』『春の雪』『パレード』などがある。『ナラタージュ』が2017年秋、公開予定。

小5の時、黒澤明の映画『影武者』の撮影風景を見て映画に興味を持った。

ー映画監督に興味を持ったきっかけを教えてください。

地元にある熊本城で、映画の撮影があると聞いた父親が、僕を連れて行ったんです。子供だから入れるだろうと撮影現場の中に忍びこまされて(笑)。その時、黒澤監督は見ていないんだけど、GパンにTシャツのおじさんたちが、泥だらけになって俳優たちが纏う甲冑を汚しているのを見て、惹きつけられちゃってね。1年後、完成した作品を観た時、あのおじさんたちがこの時代に戦国時代を作り上げたという錯覚とか、撮影現場のいろんな記憶が蘇って、僕、映画の仕事に入れるんじゃないの? と思った。映画監督になりたいとかじゃなくて、あの世界の1人になりたいな、と。

行定勲

大学を蹴って専門学校に行き、在学中から助監督に。

ー最初から映画監督になりたかったわけじゃなかったそうですが、やがて助監督になり、監督になり…それはどのような道を辿ったのでしょうか?

高校時代にミュージシャンにもなりたくて、それでバンドのPVを素人ながら8mmカメラで撮ったりしてて、ふと考えたんですよね。音楽は周りにもうまい奴らがたくさんいるからプロになるのは無理かな、じゃあ映画なら誰もやってないだろう、こっちだ! って。それで大学推薦が決まっていたんだけど行くのをやめて、東放学園映画専門学校へ入りました。

卒業生に堤幸彦監督がいて、特別講義にいらっしゃった時に「堤さんについて勉強したいんです」って直談判したら、いいよおいでって。堤さんは当時、秋元康さんがやっていた会社にいたんだけど、そこで在学中にPVの助手をやったのが最初の現場。下っ端の助監督から初めて、そのうち、TBSの東芝劇場がADを募集してたから応募して、ホームドラマなんかのスタッフをやったりして、その後、フリーの助監督になりました。

29歳で監督デビュー。映画は人のお金で作るものだと知りました。

ー助監督は、どうやって仕事を得るんですか。またそこから、どのように監督になったのですか?

助監督は待ってても声はかからないから、手を上げて自分から行かないと。募集してたら応募するとか、周りに声かけたりしながら。助監督って大きく下から上まで3つの段階があるんだけど、だいたい1つの現場に助監督が多い時は5〜6人いますね。僕も下っ端から始めました。

22歳ぐらいの時、尊敬していた林海象監督と出会いました。林監督は、自分で貯めた500万円で『夢見るように眠りたい』という大傑作映画を作った人で、それを見習って僕もいつか映画を作りたいからと、アルバイトで500万円貯めていたんです。そうしたら監督から「映画は自分で貯めた金で作るんじゃなくて、人の金で作れるようにならないとダメだ」と言われた。その後、結局10年ぐらい助監督をしました。ある時、プロデューサーから「映画撮ってみる?」って言われて、僕は映画に関わっていられれば、脚本家でも美術でも音声でも何をやっていてもよかったんだけど、じゃあ撮ってみますって。それが監督デビュー、29歳の時。

行定勲

10月7日公開される新作『ナラタージュ』。構想10年の久しぶりの恋愛映画です。有村架純が繊細な女の揺れる心を、松本潤が秘められた過去を持つ男の悲哀を、坂口健太郎が男の独占欲と恋に狂わされる男の切なさを演じています。

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