1.刑法違反のペナルティについて
不正打刻をしていた場合、刑法に定められた詐欺罪となる場合があります。「詐欺」とは、他人を騙してお金や物を騙し取ることです。詐欺として立件された場合、有罪となる可能性があります。詐欺については、法律上最大で10年の懲役が課されます。ただ、裁判が開かれ、それぞれの事情を判断した上で、刑罰が決まります。 詐欺罪では、警察に逮捕される可能性はあります。ただ、被害を弁償して話し合いがつけば、逮捕を免れたり、刑罰が軽くなる可能性があります。また、不正打刻で、逮捕までいたるケースは多くないのも事実です。
2.民法違反のペナルティについて
あなたの雇用主から法律上根拠のないお金を多く取り、利益を侵害するという意味で、法律違反となります(民法704条)。 不正打刻が明らかになった場合、多くもらった給料や残業代の返還請求を受けることになるでしょう。あなたに多く給料や残業代を払ったことで、何らかの被害が生じれば、損害賠償請求される可能性もありますが、不正打刻ではなかなか考えづらいケースです。
3.労働契約違反のペナルティ
労働契約を違反することは法律違反ではありませんが、労働契約の違反にペナルティが生じることは一般的です。不正打刻をしていた場合、バイトの立場であっても、最悪懲戒解雇(クビ)になります。ただ、必ずクビになるわけではありません。 日本における裁判例では、不正打刻で懲戒解雇する場合、不正打刻の理由や期間などが重視されてきました。動機が「お金を多く得るため」と悪質で、不正が長期にわたる場合などは、懲戒解雇が認められる傾向にあるようです。また意図的な不正打刻では、懲戒解雇にならなくても、降格・降給になることがあります。 また、不正打刻を手伝った人も懲戒解雇になる可能性があります(過去に不正打刻を手伝った人が、不正をした人と一緒に懲戒解雇が認められた裁判例があります)。「不正を手伝っただけで何も得していないから大丈夫」とはなりません。 働いている人に「不正」という認識がない職場もあるかもしれません。その場合、雇用主の責任が問われることがあります。裁判例においては、会社が「不正打刻について注意を促していなかった」ことを重視して、懲戒解雇を認めなかったケースがあります。 仮に不正打刻が横行している職場で、雇用主が、あなたや特定の人に責任を押し付けて、強く責め、他の人が咎められないようなことがあれば、バランスを欠くと言えますので、弁護士などの専門家や労働基準監督署(労基署)への相談を検討して良いでしょう。
4.間違えて不正打刻になってしまった場合は?
間違えて不正打刻をしてしまった場合や、機械の故障等で不正打刻になった場合は、速やかに雇用主に相談しましょう。 自ら知らないところで不正打刻が行われていたり、打刻のシステムに問題があった場合など、「意図的な不正打刻」でなければ、逮捕などの不利益を被る可能性はまずありません。
5.雇用主が、不正していた場合は?
「閉店時刻で自動的に退勤が打刻される」「作業終了前に打刻を強要された」――。雇用主が、あなたの労働時間を短くするように不正打刻をしていた場合はどうなるのでしょうか。 この場合、支払われなかった賃金や残業代を請求することができます。労働基準法の規定では、裁判所が、最大で未払い額と同額を上乗せして支払いを命じることができるようになっています。上乗せ分は、法律的に「付加金」と呼ばれ、ルールを守らなかった企業への制裁に加えて、違反によって未払いとなっている労働者へ金銭の支払いを確保する意味のものと考えられています(いわゆる損害賠償ではありません)。 ただ、注意が必要なのは、不正打刻された時間よりあなたが長く働いたことを証明する証拠が必要な点です。証拠がないと弁護士などの専門家の力添えが難しくなることが多いです。 タイムカードが自動で押されるようならば、スマホなどを使って自分が職場にいた日時がわかる時計やテレビ画面を撮影しておくと良いでしょう。監視カメラやセキュリティゲートの記録を確保したり、家族や知人に出勤や退勤時間をLINE等で知らせる、電車通勤の場合はスイカやパスモなどのICカードの記録も有用です。 もし、責任者と不正打刻について話すことがあるなら、録音も有効です。録音については、必ずしも相手方の了承を得る必要はありません。 また、職場が大きな会社で本社がある場合、本社への通報も考えられます。本社ぐるみで不正をしている場合は、弁護士や労基署に相談してみましょう(解決事例が多数あります)。 「バイト雇用なのに」と思うかもしれませんが、不正打刻は正社員やバイトといった雇用形態は関係ありません。また、雇用主には労働者の労働時間を把握する義務があります。労基署から指摘を受けても労働時間を記録する設備を準備していない場合は、「雇用主が悪質」と判断される可能性があります。 また、「15分単位でないと残業代を出さない」といったような端数を切り捨てるような運用がなされているケースもあるようですが、法律上、残業は1分単位で計算することになっています(特例はありますが、労働者が不利になる運用は認められていません)。 不正打刻に加え、暴力やセクハラ・パワハラがある場合もあるようです。暴力やハラスメントは、慰謝料を含む損害賠償請求、刑事事件につながる可能性もありますので、弁護士などの専門家や労基署、労働組合に相談してみると良いでしょう。
監修
笹山尚人氏 弁護士、東京法律事務所所属。労働事件全般(労働者側)、契約法一般、不動産取引、相続・遺言・成年後見、家族問題、借地・借家、交通事故、各種損害賠償事件、債務整理・破産・民事再生、刑事弁護などを取り扱う。 単著に「ブラック職場~過ちはなぜ繰り返されるのか」(光文社新書) 「パワハラに負けない!」(岩波ジュニア新書)など多数。