お笑いコンビ「鬼越トマホーク」の“良ちゃん”こと、坂井良多さん。結婚相手である元アイドルの早乙女ゆみのさんとの出会いは「アイドルスタッフ」のアルバイトがきっかけでした。
当時の2人を「主従関係だった」と振り返る良ちゃん。そこからどのように恋愛、結婚へと発展していったのでしょうか? さまざまなアルバイトを経て芸人として成長したことなど、良ちゃんの人生に大きな出会いと変化をもたらしたアルバイト経験を伺います。
高校卒業後、人と会いたくなくてコンビニ夜勤のバイトに
-坂井さん(良ちゃん)は18歳から30代半ばまで、さまざまなアルバイトをされていたそうですね。遍歴を教えてください。
鬼越トマホーク良ちゃん(以下良ちゃん):地元・長野の高校を卒業したあと、就職しなかったというか、できなくて。とりあえず何の夢も目標もなく、近所のコンビニでアルバイトを始めました。夜10時から朝6時までのコンビニ夜勤が初めての社会経験でしたね。
-夜勤を選んだのは時給がいいからですか?
良ちゃん:いや、知り合いと会いたくなかったんです。地元の狭い世界では同級生は進学か就職が当たり前で、僕みたいなのは笑い者扱いなんですよ。白い目で見られるのがイヤで、夜勤で隠れるように働いていました。
-その後も23歳でNSC(吉本総合芸能学院)に入学して上京するまで、地元でさまざまなアルバイトを転々としていたと。
良ちゃん:コンビニの後はファミレスの夜勤を1年半くらい。カラオケの夜勤やビデオショップをやろうとしたこともあったけど、どちらも僕には合わなくて1日で辞めました。
実家暮らしだったので、働くといってもどこか遊び感覚というか。真っ当に生きている人たちに比べて、世の中を舐めているところはあったと思います。
昼は家族同士の仲がめちゃめちゃ悪い実家でひっそり過ごして、夜はバイトに行って。世捨て人になってしまったような気分でした。
コワモテを生かせる「剥がし」のアルバイトで未来の伴侶と出会う
-当時のアルバイト代は何に使っていましたか?
良ちゃん:バイトのない時間はひたすら自分の部屋にこもって、ゲームをしたり、お笑いや格闘技のDVDを見たりしていたので、ほぼゲーム代とDVD代に消えていたと思います。
意識して芸人になる努力をしていたわけじゃないけど、当時に得た知識が今につながっていると思えば、あの地元での日々にも少しは意味があったのかなと。
-そして、23歳でNSCに入学し、芸人としての道を歩み始めました。当時もさまざまなアルバイトをやっていたんですよね。
良ちゃん:バイトを辞めたい先輩の身代わりとして差し出されていました(笑)。あと漫才のネタ探しのために、珍しいバイトがあったら単発で参加したり。
-なかでも珍しいと感じるのが、相方の金ちゃんとコンビでやっていたという「アイドルのイベントスタッフ」のアルバイトです。どういうきっかけでこのバイトを?
良ちゃん:雇い主は今の妻(元アイドルの早乙女ゆみのさん)だったんです。もともと知り合いだったんですがあるとき「スタッフをやってくれない?」と相談を受けて。
当時、彼女は事務所から独立したばかりで、会場の手配からスタッフ探しまで全部自分でやっていたんです。最初に僕らが依頼されたのは、握手会で一定時間を超えたらアイドルからファンを引き剥がす、いわゆる「剥がし」の仕事でした。
当時の僕らは芸人としてはまったく食えていなかったけど、テレビにはちょこちょこと出ていたから、なんとなく見たことのある鬼越トマホークが剥がしをやればファンも面白がってくれるだろうと、社長は思ったんじゃないですかね。
2人ともコワモテなので、僕らのことを知らない人も交流時間をきっちり守ってくれるし。
-いま「社長」という言葉がさらっと出ましたが、当時は早乙女さんのことをそう呼んでいたんですか?
良ちゃん:はい、完全に主従の関係でした。剥がしのバイト代は短時間で、とっぱらい(当日払い)なので、めちゃめちゃありがたかったですね。
社長は事務所に所属していた時にお金で苦労した経験があった分、きっちりしていて。普通に良いバイトだったので、鈴木もぐら(空気階段)や市川刺身(そいつどいつ)にも紹介しましたよ。
「社長」として頼もしく立ち回る姿に、尊敬の気持ちが芽生えた
-「剥がし」の仕事内容も坂井さんに合っていたのでしょうか?
良ちゃん:楽しかったし、芸人としての自分を隠さなくていいのでやりやすかったですね。ただ、最初は戸惑いもありました。
ファン目線で考えると、1,000円払って30秒で剥がされるのは切ないよなと。だから、最初は10秒くらい勝手に「おまけ」していたんです。そしたら社長に説教されました。
「これはアイドルの文化なんだ。時間が短かったり、剥がされたりするからこそ、より貴重な時間に感じられるんだ」と。お客さまは、その「剥がされる儚さ」みたいなものも楽しんで、お金を払ってきてくれるんだと言っていて、なるほどと思いました。
-早乙女さんは自身がアイドルでありながら、経営者としてもしっかりとした考えを持っているんですね。
良ちゃん:会場の使用代に衣装代、レコーディング代などアイドル活動を続けるにはお金がかかりますから。ファンの皆さんも、それを分かっていて足を運んでくれているんですよね。
僕がチェキを落とした時には「お前が5,000円のバイト代をもらえるのも、このチェキのおかげなんだぞ」と鉄拳が飛んできそうな勢いで怒られたりもしました(笑)。
-そんな経験も得ながら、剥がしとしてだけでなく、アイドルスタッフとして早乙女さんのサポートをするようになっていったんですよね。
良ちゃん:アイドル業界のことが分かってきてからは、運営のような立場で関わっていました。芸人も表に立つ仕事ですし、自分なりにイベントのアイデアを出したり、アイドルとしての方向性を話し合ったり。
2人で試行錯誤しながら運営していく中で、コミュ障で人見知りな僕とは真逆な、彼女のガッツや強さに尊敬の気持ちが芽生え、どんどん惹かれていって……。
でも、もちろん付き合ったのは社長がアイドルを引退してからです。結婚してからも妻が何かと引っ張ってくれるというか「従いなさい!」みたいなことも多いんですけど(笑)、それも意外と心地いいですね。
アルバイトは出会いの場でもある。最初から壁をつくるのはもったいない
-これまでのアルバイト経験で、芸人として糧になったと感じることはありますか?
良ちゃん:相方の金ちゃんと同じバイトをすると、同じ愚痴を共有できるんですよ。愚痴をそのまま漫才やコントのネタにできるので、それは芸人の活動にとってもプラスでしたね。
キャバクラのボーイとして働いていた時代に見たキャバ嬢とお客さまのやりとりをコントにしたり、バイトがきっかけで良いネタも結構できましたよ。
芸人ってすべての経験が仕事につながるというか、捨てるものがなくて。そういう意味では、すべてが糧になっていると思います。
あとは、アルバイトは社会のことを知る機会でもありますよね。ビルのダクト清掃バイトもしたことがあるんですけど、肉体労働の尊さや、きつい仕事でも完璧にこなす人のすごさが分かったり。
こういう人のおかげで社会は回っているんだなと。
-芸人もきつい仕事ではあると思いますが。
良ちゃん:でも、農業や漁業、エッセンシャルワーカーのような仕事に比べたら、芸人ってなくても困らないじゃないですか。エンタメとして、世の働く人たちの息抜きにはなるかもしれないですけど。
昔、とある大先輩が「芸人なんていくら成功しようが金を持とうが『いらない仕事』なんだから、その謙虚さは持っておけよ」とおっしゃっていたんですけど、本当にそのとおりだなと。
僕もアルバイトをやって社会との接点をつくれたことで、謙虚さを持てた部分はあると思います。
-これからアルバイトを始める人にアドバイスはありますか。
良ちゃん:僕は人と関わるのが苦手で最初から人間関係を絶ってしまっていたんですけど、不得意なりに話をしたり、自分と合いそうな人を見付けたり、もっとアルバイト先でコミュニケーションを頑張ればよかったなって後悔しているんです。
というのも、アルバイト先で知り合った人と芸能の仕事現場で再会したり、その人が助けてくれたり、意外な形でつながることが結構あったんですよ。
いつ誰が助けてくれるか分からないから、出会いをおろそかにしちゃダメだなと思いましたね。コミュニケーションしたうえで合わなかったら仕方ないけど、少なくとも最初から壁をつくるのはもったいないかなと。
どうしてもこの人とはやっていけないと感じたら、辞めちゃえばいい。それくらいの気軽さもアルバイトならではだと思うので。
取材・文/榎並紀行
撮影/関口佳代
編集:はてな編集部