自身も強豪校で野球に打ち込み、“野球芸人”としてのイメージも強い前田裕太さん。芸人になる前は、意外にも7年間にわたり「塾講師」のアルバイトを続けていたそうです。
時給も高い傾向にあり、大学生に人気バイトの一つである塾講師。前田さん自身も当初は時給目当てで始めたそうですが、徐々に仕事自体の面白さにハマっていったと言います。実体験に基づく、塾講師のアルバイトの面白さ、やりがい、更には「いい先生」になる条件まで、じっくり語っていただきました。
野球のために「栄養学」を勉強?塾講師バイトの原点となった、前田裕太の少年時代
-前田さんは学生時代から学習塾で講師のアルバイトをしていたそうですが、ご自身はすすんで勉強をする子どもでしたか?
前田裕太さん(以下、前田):勉強に対して苦手意識はなかったですね。成績も良いほうでした。親は「好きなことをやりなさい」というタイプで、「勉強しろ」と言われたことは一度もありません。強制されなかったことも、かえって良かったのかもしれませんね。
それに、もともと勉強というか、「学ぶ」ことは好きでしたね。昆虫に興味があって、図鑑を夢中で読んだのも学びだし、野球を始めてからは、うまくなるために必要な知識を積極的に取り入れたり。
それらも含めて「学ぶ」ことだと、小学生ながらに捉えていましたね。学校の勉強だけがすべてではないと。
-野球がうまくなるための知識というと、例えばどんなことですか?
前田:技術的なことはもちろんですが、栄養学のようなことも自分なりに勉強していました。父親にプロテインを勧められたのですが、当時のプロテインってあまり美味しくなくて。「一体おれは何を飲まされているんだ?」と栄養表示の成分を調べ始めたのがきっかけです。
プロテインの代わりに、ほかの食材で美味しくタンパク質を摂取できないかと考えたりしていましたね。
-自分が好きなことについての勉強なら、前向きに取り組めそうです。
前田:そうですね。ただ、暗記は嫌いでしたし、大学時代も最初は講義がつまらなかった。それでも単位を取るために、「楽しむ努力」をしていました。どんな学問にも、何かしらの魅力や夢中になれるポイントがあるはずで、それを見つけようと頑張っていたように思います。
生徒の「なぜ勉強するの?」に答える。前田流・やる気を引き出す授業術
-塾講師のアルバイトは、大学1年生から始めたんですよね。
前田:学習塾で小学生から高校生まで、ほぼ全教科を教えていました。大学1年生の夏から大学院を辞めるまで、7年くらいやっていましたね。
-ほかにもアルバイトはたくさんありますが、なぜ塾講師を選んだのでしょうか?
前田:時給が良いというだけで、大した動機はありませんでした。ただ、続けていくうちにやりがいを覚えて。大手の学習塾だったので、「こういうふうに教えてください」というメソッドはあるんですけど、塾の方針から大きく外れない範囲でアレンジするのは認められていて。自分なりに、より良いやり方を模索するのが楽しかったです。
塾のメソッドどおりで成績が上がっても、勉強が嫌いになる子も出てくるかもしれない。塾に来るのが楽しくなって、なおかつ成績も上がる。その結果、生徒が増えるみたいな好循環をつくるために、まずは勉強を好きになってもらう工夫をしていました。
-具体的に、どんな工夫やアレンジをしていましたか?
前田:特に意識していたのは、“勉強の入り口”をつくることです。毎回、授業の最初の5分は雑談から入り、子どもたちが食いつきそうな話題を提供していました。
例えば、流行りの音楽をきっかけに「歌詞を深く知るには国語力が必要だ」と気づかせるなど、勉強への興味や「なぜ学ぶのか」という動機づけを意識していましたね。
-たしかに、「何のために勉強するのか」が分かるとモチベーションが湧きますね。
前田:実は、今でも先輩芸人のお子さんの家庭教師をすることがあるのですが、まずはやはり動機づけからですね。よくやるのは、水族館に連れて行き、子どもにノートとペンを渡して一緒に回るんです。
例えば、子どもがカクレクマノミに興味を示したら、「この魚はオスがメスに変わるんだよ」みたいな豆知識を教えてあげる。すると、こちらが何も言わなくても自然とメモをとるんですよ。それって勉強の第一歩じゃないですか。
反抗期の生徒と心を通わせた、忘れられない達成感
-保護者との接点はありましたか? 親御さんとのコミュニケーションで意識していたことを教えてください。
前田:僕はアルバイトのわりに、保護者の方と会話する機会は多かったと思いますね。
例えば、「スパルタでもいいから、短期間でとにかく結果を出してほしい」とおっしゃる方も。
ただ、厳しくすると相応の“副作用”があって、子どもが勉強嫌いになってしまうかもしれません。そこはしっかり説明したうえで、方針を擦り合わせるようにしていました。
病院の問診に近いかもしれません。「今はこういう状態なので、少し強めの薬が必要かもしれません。ただ、いきなりだと勉強嫌いになってしまう可能性もある。段階的に強度を上げていくのはどうでしょう?」といった提案をしていましたね。
-それはすごい。でも、アルバイトの範疇を超えているような気も……。
前田:そういう戦略を考えるのも楽しかったんですよ。あとは、子どもたちの変化を感じられるのは大きなやりがいにつながっていて。もともと勉強に苦手意識を持っていた子が、早めに塾に来て自習するようになったり、学校の成績が上がって「先生、見て」とうれしそうに報告してきたり。そういうのって、やっぱりうれしいですよね。
-ちなみに、特に印象に残っている生徒さんはいますか?
前田:ちょっと手がかかる子のほうが記憶には残っていますね(笑)。
今でもよく覚えていますが、親に無理やり通わされていて、まったくやる気が見えない中学生の生徒がいて。バリバリの反抗期で、こちらの問いかけは基本的に無視。時間が過ぎるのをただただ待っているという状態でした。
でもある時、たまに建物の絵を描いていることに気づいて。「絵、好きなの?」みたいな話題から入り、少しずつ会話をするようになりました。
話を聞いているうちに漫画が好きで、美術系の仕事にも興味があるということが分かって。そこで授業前に10分くらい、一緒に漫画を読むことにしたんです。
例えば、歴史物や何かしらのモチーフがある作品だったら、時代背景や元ネタを知ることで、より深く楽しめるじゃないですか。漫画を読みながら「これの元ネタ、知ってる?」みたいな感じで問いかけているうちに、生徒のなかで少しずつ学びへの関心が高まって、勉強が楽しいと思えるようになったようです。
最終的には美術部のある高校に行きたいからと、しっかり授業を受けてくれるようになりました。
学歴より「熱意」が大事。ティモンディ前田が語る、塾講師バイトに向いている人の条件
-塾講師の経験が芸人としてのスキル向上につながったり、現在の活動に生きていると感じる部分はありますか?
前田:何かをプレゼンする力は磨かれたんじゃないかなって。例えば、メディアで自分の好きな本を紹介する時などは、塾での経験が生きていると感じます。
分かりづらいものを噛み砕いて説明するのが、塾講師の仕事ですから。それも、「熱」を持って教えるということを、ずっとやってきたので。
-単に分かりやすく説明するだけでなく、熱がこもっているからこそ伝わると。
前田:単に内容をさらうだけなら、AIにだって務まるじゃないですか。AI塾みたいなものにとっくに置き換わっていてもおかしくないのに、未だに人間の先生が教える塾が成り立っている理由って何なのか。
そこにはAIにはない熱、人だからこそ伝えられるパワーみたいなものが間違いなくあると思うんです。人の熱は記憶に残るし、子どもたちの脳に焼きつくんですよね。逆に、淡々とカリキュラムをこなすだけの先生の授業だと、生徒たちもやっぱり眠そうにしていました。
僕の場合は芸人の仕事に生かされていますけど、仮に会社員や営業の仕事をやっていたとしても、塾講師の経験は役に立っていたと思います。
-塾講師のアルバイトは、どんな人に向いていると思いますか?
前田:塾の先生って、頭が良くないとできないとか、高学歴のほうが有利だと思われがちなんですけど、まったくそんなことはないと思います。
小学生くらいの内容であれば、普通程度の学力がある大学生なら問題なく教えられます。僕自身もバリバリの文系で、はじめは国語と社会だけ担当していましたが、ほかの先生にならって最終的には理系の授業も受け持っていましたから。
ただ、「いい先生」になれるかどうかは別で、それにはいくつかの条件があると思います。
-どんな条件ですか?
- 分からない人の気持ちに寄り添えること
- 生徒たちのモチベーションを上げられること
- 好きなことだったら、何時間でも喋れる熱意があること
前田:特に最初の2つは、塾講師をするうえで必須ですね。
3つ目も意外と重要です。そこまで夢中になれることを見つけられるのは才能だと思うし、それを誰かに伝えたいという熱は、人にものを教えるうえで欠かせない要素です。
人前で話すことが苦手でも、やっていくうちに慣れていきますし、そこはあまり問題じゃない。話し方は拙くても、熱を持っている人のほうがいい先生になれると思います。
-それでは最後にあらためて、塾講師のアルバイトの魅力を教えてください。
前田:塾講師の時給がいいのは、相応の責任を伴う仕事だからだと思います。ただ、その分やりがいもある。僕自身もアルバイトとはいえ、替えの効かない仕事だと思って取り組んでいました。
あとは、やっぱり生徒の成長を近くで見守れることですよね。成績が上がったり、志望校に合格したりといった「結果」が出た時は手応えを感じられるし、仮に目標に届かなかったとしても明らかに成長していることが分かる。
実は、僕自身は子どもの頃から野球に打ち込んできて、目標にしてきた甲子園出場がかなわなかった時に、それまでの努力がすべて無意味なことのように感じられてしまったんです。でも、塾講師になって子どもたちの頑張りを見ているうちに、結果だけでなく過程にも意味があると気づかされました。
これから塾の先生をやる人にも、ぜひ子どもたちにそう伝えてあげてほしいですね。
【まとめ】ティモンディ前田が語る「塾講師バイト」3つの魅力
- 生徒の成長を間近で見守れる達成感が味わえる:成績アップや志望校合格といった「結果」だけでなく、生徒が成長していく「過程」に寄り添えるのは、何物にも代えがたいやりがい
- 自分の「好き」や「熱意」が武器になる:必要なのは学力よりも、生徒の心を動かす「熱意」。自分の好きなことを語る情熱が、そのまま生徒のモチベーションに火をつける力に
- 「伝える力」が磨かれ、将来に役立つ:難しいことを分かりやすく噛み砕いて説明するスキルは、芸人だけでなく、どんな仕事にも必ず生きる
文・取材:榎並紀行(やじろべえ)
撮影:関口佳代
編集:はてな編集部